発明家インタビュー

ものがたりが詰まった名物弁当を発明する

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田村裕子さん( 佐川び人連 理事長 )

高知県佐川町生まれ、佐川町育ち。斗賀野地区在住。佐川び人連理事長、図書館館長、NPO法人佐川くろがねの会理事、町の教育委員、水野ブラジル協会会長など、多い時には10以上の役職を兼任している。
高知県佐川町は、日本の植物学研究の第一人者・牧野富太郎氏の出身地で、現在もまちの中には、富太郎氏が命名した植物が守られ、育てられています。そんな富太郎氏ゆかりの地、佐川町で人気なのが、ものがたりを詰めこんだ「富太郎弁当」。2016年に町外の発明家が集まって開催された「さかわ発明キャンプ」でも、一日目のお昼ごはんとして振る舞われた「富太郎弁当」は、参加者全員が完食する美味しさで、お弁当に込められたものがたりにも一同感動しました。この素敵なお弁当を発明したのは、有志の女性たちが集まった活動組織「佐川び人連」です。理事長の田村裕子さんに、「富太郎弁当」の“発明”秘話をお聞ききしました。
- まず、「佐川び人連」の活動について教えてください。
「佐川び人連」とは、佐川町の女性有志による集まりで、1,000円の年会費を払うとだれでも会員になることができ、どの活動にも自由に参加することができます。
「び人連」というのは、決して美人の集まりという意味ではないんです(笑)。土佐弁で「ちょっと」という意味の「びっと」という言葉があります。そこから取った、「び」です。無理なく少しずつ活動しながら、人をつないでいこう、という思いが込められています。
活動は、主に4つあります。牧野公園に植物を植える植物班。イベントを企画するイベント班。研修を兼ねた旅行を企画する企画班。そして、「富太郎弁当」を製造・販売するお弁当班です。

- 「富太郎弁当」というアイデアは、どうして生まれたのですか?
牧野公園* は昔、桜の名所として町民から愛されていたんですが、老朽化して危険なため、桜の木を切ってしまい、とても寂しくなっていたんですね。そんな時、いつもお世話になっている、牧野公園の管理をしている先生から「桜を種から育て、植樹して、再生する活動をやらないか」と、び人連に声をかけていただきました。
その種まきをしていたある日、先生とメンバーで何気なく話していたときに「富太郎氏ゆかりのものをつくったらどうか」と相談してくれたんですね。私たちは食べることが好きですから、「食べることをしたいね」となりました。また、佐川町にはお客さんが来てもお昼を食べるようなところが少ないので、「私たちも何かできたらいいよね」と話していました。そこで先生が、「富太郎弁当みたいなものがあったらいいんじゃないか」とおっしゃってくださって。
それを聞いて、私は「それだ!」と思って。こういうことをすれば、自分たちももっとわくわくドキドキしていくんじゃないかと、ピン!ときたんです。「やりたい!つくりたい!」ということで、話が弾んでいきました。2010年2月くらいのことです。
* 富太郎氏により贈られたソメイヨシノの苗を植えたことを機に、桜の名所として整備されてきた植物公園。富太郎氏ゆかりの植物がたくさん植えられている


- そこから、富太郎弁当の開発が始まったのですね。
先生からは「ただのお弁当ではなく、ものがたりをつけないかん」と言われて。なるほど、と(笑)。
以前からお付き合いのある役場の職員の方も協力してくださり、富太郎氏について調べてくれました。過去の文献によると、富太郎氏の好きなたべものは、焼き鯖寿司・トマト・すきやき。最初の話の中では、それくらいしかありませんでした。
2012年、県から町役場に出向で来ていた地域支援企画員の方が、町外で参考になりそうな活動を調べてくださったんですね。その事例の1つに、愛媛県弓削島での取り組みがあり、摘み菜(野草)を使ったお料理でおもてなしをしていました。摘み菜を使うというのは元手がかからないから、そういうところも参考になるのでは、ということで、び人連メンバーで視察に行くことになりました。
“瀬戸内摘み菜の旅”と称して、仲間に声をかけ、8人くらいが集まりました。現地に行って、実際に見て、たべて、ビビビ!ときました。こういう発想があるのであれば、私たちにも何かできるんじゃないか、って。なんか自信みたいなものが湧いてきたんです。帰りのフェリーの中で、みんなで大声で歌って(笑)。「私たちもつくるぞー!」ということで、すごく盛り上がりましたね。

- どのようにして現在の「富太郎弁当」になったのでしょうか?
弓削島の視察から帰ってきて、2013年のはじめくらいから本格的に考え始めました。野草をそのままといったって、これが食べられるものなのか、判断が難しいものがありますよね。弓削島では指導の先生がいるけれど、佐川町ではなかなか難しいということで、私たちは「郷土の素材で、富太郎氏の好物をつくってみよう」ということになりました。
び人連のメンバーはもちろん、役場の方や観光ボランティアのガイドさんもまじえて、試食会を催しました。35人くらいが集まって、みんなとてもおいしいと言ってくれました。みなさんの評価が高かったので、私たちはすごく張り切りましたね。
9品つくろうということで、そのメニューやレシピ、お弁当の箱はどんなものを使おうかとか、たくさん考えることがありました。飲食店を経営している人でないと販売許可がもらえないので、び人連メンバーの中で喫茶店を経営している人が中心となって進めました。担当を決めて、分担して進めました。お料理の本はどんなに読んだかわからないですね。たくさん勉強しました。
さかわ観光協会の休憩スペースでも出したいということで、そこでは9個の小鉢を木箱の中に入れる箱膳にしよう、「富太郎弁当」ならぬ「富太郎ご膳」として提供しよう、ということになりました。陶器屋さんにみんなで食器を見に行って、食器もものすごく厳選して。ずいぶんわくわくしましたね。
最初にたくさんつくったのは、2013年にさかわ観光協会が設立祝賀会を催したときで、100個以上もつくらしてもらいました。

- お弁当の中身について、詳しく教えてください。
時間が経っても食中毒の心配のないもの、冷めてもおいしいものということ、というところに気を付けて考えると、ある程度メニューが定番化されてきました。
まず、白いご飯をそのまま使うとありきたりになるので、ごはんは3種類入れます。1つは、富太郎氏の好物の焼き鯖寿司。これは年中必ず入っています。もう1つは五穀米。そして、季節によっての青菜の混ぜごはん。冬には大根菜、秋にはむかごなど、季節を感じられるような工夫をしています。
焼き鯖寿司と同じく富太郎氏の好物の、牛肉のすきやきとトマトは必ず入れます。トマトはそのまま飾りで入れるんじゃなくって、一品料理として楽しんでもらえるように、アボカドときゅうりと一緒に、大根おろしで和えます。大根おろしに一晩冷蔵庫でつけておきますから、おひたしみたいな感じですね。これはものすごく評判がいいです。トマトは、佐川町で採れるフルーツトマトを使用しています。
それから、もうひとつものがたりをつくろうということで考えたのが、ニホンタチバナに見立てた小さなコロッケです。富太郎先生が名付けた、二ホンタチバナという小さなミカンの原種があるんですが、町内に自生している木は3本くらいしかなく、貴重なものだったんですね。本物のタチバナの実を入れるのは難しいので、見立てるものがつくれないかということで研究しました。じゃがいもを入れた普通のポテトコロッケだとありきたりなので、夏場はカボチャ、秋~春にかけてはさといもでつくることにしました。お弁当に入れるときは、本物のタチバナの葉っぱをコロッケの下に敷きます。葉っぱはいつも、タチバナの木が生えている、斗賀野小学校にもらいに行きます。校長先生に「ちょうだいねー」と言って。お弁当を食べていただく前に「そのタチバナの葉は本物ですから、嗅いでみてください」とお話しすると、みなさん「ほんとうだー!」と喜んでくださいますね。
季節のもの、佐川町特産のものを入れることもこだわっています。び人連の会員の中にはイチゴ農家がいたり、佐川町には農家さんもいっぱいいますので、そういうところのものを購入したり。秋になれば、新高梨(にいたかなし)* ときゅうりの酢の物を入れます。香りがよく甘さも上品な新高梨をふんだんに使っているので、こちらも大成功でした。そうやって、私たちは、ここの郷土の特色も感じてもらえるようにとやっています。
紙箱のお弁当箱は、9品が入るマスの1つ1つにカラフルな色がついています。はじめは「こんなにカラフルで大丈夫かな」と心配していたんですが、完食したお客さんが「富太郎が植物画を描くのに使い終わった、パレットのように見えるねぇ」と喜んでくださって。ゴミとして捨てずに、持って帰ってくれるようにもなったんです。絵手紙の色溶きに使ったり、小物入れをつくったりと活用してくださっているようです。
* 佐川町特産のナシの銘柄。ソフトボールくらいにもなる大きさが特徴
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- 「び人連」の活動をされている中で、田村さんが大切にしていることは何ですか?
「たのしくする」ということがモットーです。「たのしくなければ何も生まれない」という思いがあるんです。
それから、「無理をしない」ということです。自分が会員になったから、すべてに参加していろいろなことをやらなきゃいけない、という義務感は持たずに、一人ひとりができることを、楽しみながらやってもらっています。「ねばならない」は取り払って。定年退職したシニアが多くなってきましたから、無理をしないで、気持ちを楽に、地域の中で楽しくやろう、ということがモットーですね。
これからも新しいことを考えていきたいです。新しいことを考えていくと、また別の新しいことがどんどんどんどん地域の中で生まれていくと思います。そうして、新しい友達とか、いろんな思ってもいなかった地域の人とつながっていけることが、とても大切だと思うんです。助けてくれる人がいて、そちらの活動にも、つたない力ですけど私たちが手伝えることがあれば、なんでも手伝いましょう、と。共にやろうということで、協働型でまちができていったらいいなと思っています。

- 最後に、「さかわ発明ラボ」に一言メッセージをお願いします。
ラボの活動は、なんだか楽しそうで、興味を惹かれますね。尾川小学校に飾ってあった「ロボット動物園」の作品を見て、「わぁ素敵だなぁ。子どもたちの創造力がたくましくなるなぁ」と思っていました。子どもに戻りたくなりました。
生活に関係することなんかも発明できたらいいですね。ラボに行ったことはあるけど、ワークショップや機械はまだ体験したことがないので、今度は私も体験させてもらいに行きます。これからも佐川の町に楽しいことをたくさんたくさん生み出していってほしいです。


(取材日:2017年3月3日)

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